「悪意の遺棄」って何?証拠集めや裁判例について解説

「悪意の遺棄」とは?

 離婚について協議や調停で解決しないときは訴訟(裁判)で解決せざるを得ないことになりますが、離婚訴訟を提起できる(離婚請求が認められる)ケースは法律上限られています。

 このような「法定離婚事由」のうちのひとつに「配偶者から悪意で遺棄されたとき」、すなわち「悪意の遺棄」があります(民法第770条第1項第2項)。

 悪意の遺棄とは、夫婦の同居義務、相互協力・扶助義務(民法第752条)に反する行為をいいます。

 悪意の遺棄に該当する行為により配偶者が精神的損害を被ったと認められるケースでは、相手方に対して不法行為に基づく損害賠償(慰謝料の支払い)を請求できる可能性もあります。

 

 本記事では、悪意の遺棄の具体例や、悪意の遺棄を原因に離婚する場合に知っておくべきポイントについて、離婚問題を多数解決してきた弁護士法人リブラ共同法律事務所の弁護士が解説いたします。

 

「悪意の遺棄」の有無を判断するポイント

 配偶者の行為が「悪意の遺棄」にあたるかどうか、つまり夫婦の同居義務や相互協力・扶助義務に反しているかどうかは、単純に「家を出ていった」、「生活費を入れない」等の事実の有無だけで決するものではありません。

 これら夫婦の義務が、「夫婦は互いに協力し合うことでより良い家庭を形成すべき」という考えから法律として定められていることに照らして、「正当な理由」、「夫婦の合意」、「婚姻共同生活を絶つ意思(あるいは婚姻共同生活が絶たれることを容認している状態)」の有無がポイントとなります。

悪意の遺棄が認められる事例の特徴     

 訴訟手続で悪意の遺棄の有無が争われた際、裁判所は個々の事案において別居等に至った経緯、別居等の期間、その後の夫婦それぞれの生活状況等、認定された諸事情を総合的に考慮して、「正当な理由」、「夫婦の合意」、および「婚姻共同生活を絶つ意思(あるいは婚姻共同生活が絶たれることを容認している状態)」の有無を判断しています。

 以下に悪意の遺棄が認められる事例の特徴を挙げましたが、実際に悪意の遺棄が主張された事例では悪意の遺棄を肯定しうる事情と否定しうる事情の双方が混在することも多く、以下のいずれかに当てはまれば必ず悪意の遺棄が認められるというものではありません(なお離婚訴訟であれば一連の行為に「悪意の遺棄」が認められずとも「婚姻を継続しがたい重大な事由」の一要素として考慮され結果的に離婚が認められるケースもあります)。

 

  • 無断で家出を繰り返す
  • 正当な理由なく相手に家から出ていくよう要求する
  • 不倫相手の家で暮らしている
  • 働けない事情もないのに働く意思がない
  • 共働きの夫婦で相手に一切の家事を押し付ける
  • 相手が専業主婦(専業主夫)であるのに生活費を入れない

 

悪意の遺棄に該当しない例

 別居等に「正当な理由がある」「夫婦の合意がある」「婚姻共同生活を絶つ意思がない」として悪意の遺棄が認められない例は以下の通りです。

 

  • 単身赴任での別居
  • 出産、育児のための里帰り
  • 親の介護のための別居
  • 相手のDV・モラハラから逃れるための別居
  • 病気のため働けず生活費を入れていない
  • 就職活動中のため一時的に収入が無い

 

 

「悪意の遺棄」はどうやって証明する?

 離婚や慰謝料の支払いを請求する際に配偶者による悪意の遺棄を立証するためには、請求者側で証拠を用意する必要があります。

 証拠の中でも情報量が多く最も一般的に使われているのが「メール等のやり取りの記録」といえます。実際に証拠として提出する際には、事案に応じて以下のような内容が読み取れる部分をなるべく多くピックアップすることが重要です。

 

【悪意の遺棄を立証しうる、やりとりの内容の例】

  • 相手が連絡に応じない、無視している
    (「メッセージの既読無視」「着信拒否、折り返しがない」という履歴自体からこうした事情を読み取ることができます)
  • 別居について正当な理由がないこと
    (身勝手な理由で出ていった、こちらに出ていくことを要求した、等の事情が読み取れるもの)
  • 夫婦関係を破綻させる意思
  • 生活費の負担や育児等について無関心、非協力的な姿勢

 

また、他にも以下のようなものが有効な証拠になり得ます。

 

【その他の悪意の遺棄を立証するための証拠の例】

  • 健康診断の結果、診断書などの就労能力を判断できる書類(働けるのに仕事に就かない事案)
  • 家計簿、預貯金口座の入出金履歴(生活費を支払ってもらえない事案)
  • 転居先の賃貸借契約書や光熱費の領収書(相手方に追い出され別居を開始した事案)

 

「悪意の遺棄」と離婚、慰謝料請求の関係

悪意の遺棄は法定離婚事由なので、裁判では該当する事実が認められれば相手方が離婚を拒否しても離婚を認める判決が得られます。

また、悪意の遺棄に該当する行為を行った配偶者を有責配偶者として、遺棄を受けた側は精神的苦痛に対する慰謝料を請求することもできます。慰謝料については離婚訴訟を提起する際に一緒に請求することも、別に不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起することも可能です。

「悪意の遺棄」を受けたときの慰謝料額の目安

悪意の遺棄が認められた事案での慰謝料の実務上の相場は数十万円~300万円程度の範囲内で決まる傾向にあります。

具体的な金額はそれぞれの事案でどのような事実が認定されるかによって変わります。

一般的には、

 

  • 悪意の遺棄が婚姻関係の破綻、離婚の理由になった
  • 婚姻期間が長い悪意の遺棄があった期間が長い、回数が多い
  • 遺棄行為が悪質
  • 遺棄を受けた側の生活が著しく困窮している
  • 未成熟子がいる
  • 反省の態度を見せていない

 

といった要素が認められるケースでは遺棄を受けた側の配偶者の精神的苦痛も大きくなるとして、慰謝料は増額される傾向にあります。

 

悪意の遺棄に対する慰謝料請求が認められた裁判例

①別居前後の両当事者の事情を考慮して悪意の遺棄の有無と慰謝料金額が決定された事案:東京地裁平成16年3月18日

 子を連れて実家に帰った夫に対し、妻が離婚と悪意の遺棄による慰謝料500万円を請求した事案です(親権者の指定や養育費も請求されましたが、本記事では解説を省略いたします)。

 

【慰謝料の増額事由】

  • 別居後まもなく妻が家事調停を申立て子との面接交渉や婚姻費用分担について調整を試みている中自宅の鍵を交換して妻を閉め出したため、妻が住居の確保に専念せざるを得なくなり調停続行を断念することとなった
  • 妻が再度家事調停を申し立てたが夫は出頭しなかった

 

【慰謝料の減額事由】

  • 別居に至るまでには妻がわがままな振る舞いに起因するところが大きい
    (夫の父が経営する店での総菜等の販売および飲食店業務に従事することを放棄し、夫に相談せず別のスーパーに勤務していたことや、別居当日は先に妻が「子どもの面倒は見ない」旨の書置きを残して仕事に出て行ったこと等を認定)

 

→裁判所は、夫が子を連れ実家に帰ったこと自体については悪意の遺棄と認めませんでしたが、その後に夫が自宅の鍵を交換して妻を締め出したことに悪意の遺棄を認定しました。

そして、遺棄行為後も夫が「不誠実な対応」をしていたと評価しましたが、妻についても婚姻関係の破綻について「相応の責任がある」と評価し、婚姻期間(婚姻から本判決まで約5年、うち同居期間は約3年)などの事情に照らし、慰謝料額は100万円が相当としました。

 

②不貞行為、肉体的精神的暴力、悪意の遺棄それぞれの慰謝料額が判断された事案:東京地裁平成28年3月31日判決

夫が別の女性との交際を主たる目的として妻が関係修復を望んでいたにもかかわらず一方的に別居したことが悪意の遺棄に該当するとして、妻が慰謝料50万円の支払いを求めて損害賠償請求訴訟を提起した事案です(なお、妻は他にも不貞行為、肉体的精神的暴力、および長男の奪取についても慰謝料の支払いを求め、本訴訟では合計300万円の請求がされています。またこの事案では夫から離婚訴訟が提起されています)。

 

【慰謝料の増額事由】

  • 別居の主たる目的が女性との交際にあったこと
  • 妻が関係修復を望む態度を示していたにもかかわらず一方的に別居したこと
  • 別居したことで長男(夫婦が米国在住中に出産、米国に居住する夫の両親に預けて帰国し後で迎えるために準備していた)との同居が実現されなくなったこと
  • 別居後に生活費の負担等、夫婦間の協力義務を果たしていなかったこと

 

【慰謝料の減額事由】

  • 夫婦が共働きで別居により直ちに経済的に困窮したとの事情は無い

 

→裁判所は、悪意の遺棄については請求された50万円全額の慰謝料を認めました(なお不貞行為、肉体的精神的暴力に対するものも含め、合計で180万円の支払いを命じる判決になりました)。

 

③難病を発症した妻と子らを自宅に残して実家に帰った夫に慰謝料請求がされた事案:東京地裁立川支部令和2年3月12日判決

難病を発症して中途失明に等しい状況で生活していなかければならなくなった妻と子2人を自宅に残して実家に帰ってしまった夫に対して、離婚と慰謝料1000万円の支払いを求めた事案です(子らの親権者の指定と養育費についても請求していますが、本記事では解説を省略いたします)。

 

【慰謝料の増額事由】

  • 別居当時の子らが小学生であったこと
  • 別居後、実家(工務店)から受け取っていた報酬の振込先を変更し婚姻費用を支払わなかったこと
  • 別居後、残された妻と子らの住む自宅の住宅ローンの支払いを停止し、自宅が競売で失われかねない事態を招いた
  • 調停係属中に、妻と子らの健康保険の被保険者の資格喪失届を出し、妻や子らが病院にかかることもできない状況に追い込んだ
  • 訴訟手続において、本人尋問の期日に(うつ病による入院を理由に)出頭せず、今後の妻子の生活に配慮した前向きな解決方法を提案することもなかった

 

→裁判所は、妻が突然難病を発症し時に夫や子らにつらく当たってしまった事実について認定しつつも、夫の一連の行為を、妻に「大きな精神的な打撃を与えた」、「自己の責任に向き合う姿勢が無く、不誠実な対応に終始している」と評価し、慰謝料について相場を超える500万円と決定しました。

 

 慰謝料請求の時効に注意!

 慰謝料請求権、すなわち不法行為に基づく損害賠償請求権には時効があります。

つまり、原則として①損害および加害者を知った時から3年間、または②不法行為から20年間のうちいずれか早い期間の経過で慰謝料請求権は消滅してしまいます(民法第724条、ただし悪意の遺棄が生命・身体を害する場合には①の期間は5年間に延長されます)。

 ただし、夫婦間の権利の時効については、婚姻関係が継続している間に内容証明郵便での請求、訴訟提起などの一般的な事項の完成猶予や更新手続を取ることが難しいケースもあることに鑑みて、離婚等による「婚姻解消時点から6か月間」の、時効の完成猶予が定められています(民法第159条)。

 つまり、婚姻関係が継続している間は配偶者への慰謝料請求権が時効により消滅することはありません。

とはいえ、特に離婚と並行して慰謝料を請求するケースでは取り返しのつかないことにならないよう、請求をお考えの際はお早めに準備し、できれば弁護士にご相談されることをお勧めします。

 

夫(妻)の「悪意の遺棄」にお悩みの方へ

 

 「悪意の遺棄」と一口に言っても、その態様には様々なものがあり、裁判例を見ても色々な証拠や主張が吟味されていることが分かっていただけると思います。

 そして、相手方が素直に悪意の遺棄を認めるというケースは少なく、原因がこちらにあるかのような反論をする、そもそも話し合いを避け続けるといった行動をとられることは珍しくありません。

 

 そのような中、ご自身で離婚や慰謝料を請求しようとしても「どの事実を主張すればよいか」、「どんな証拠を用意すればよいか」を整理するのは、意外と難しいのではないでしょうか。

 もし主張すべき事実を主張できなかったり、有力な証拠を集められなかったりすれば、「離婚や慰謝料の請求を認めてもらえなかった…」、「慰謝料の金額に納得できない…」、という結果にもなってしまいかねません。

 こうした事態を避けるためにも、離婚問題に詳しい弁護士にご依頼いただくことをお勧めいたします。

 弁護士にご依頼いただければ調停や訴訟の対応を任せることが出来るだけでなく、証拠収集についてのアドバイスも受けられます。

 また、相手方の不合理な主張や不誠実な対応にも、弁護士が間に入るので精神的な負担を軽減しつつ、毅然と反論することができます。

 

 弁護士法人リブラ共同法律事務所では、これまで多数の離婚問題を解決してまいりました。

 悪意の遺棄を受け離婚や慰謝料請求をお考えでしたら、ぜひ当事務所にご相談ください。

 

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